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他人を軽んじない、他人を苦しめない

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「接する全ての人を大事にしよう」、「人との繋がりを大切にしなければならない」、ビジネスの基本は「人」である、というのは昔から良く言われていることです。ビジネスだけではなくて人生全般においてもとても重要な事です。人生の成功法則と言っても過言ではありません。

ですが理屈ではわかっているつもりでもなかなか実践できていないと感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。私自身もまだまだしっかり実践できているとはいえません。

日本人同士の場合はもちろんですが中国人やその他の外国人に対してもそうです。中国の工場やレストランの店員、ホテルマン、中国人社員、中国の取引先、中国輸入代行業者などがミスをした場合にも一方的に相手を見下す様な態度を取ればどうなるでしょうか。相手は次からもっと頑張ろうと思うでしょうか。きっとそんなことはなくむしろ対応は悪化するでしょう。他人は自分の鏡です。鏡に石を投げれば跳ね返って自分に当たります。結局損をするのは自分です。なにより一日中もやもやしてしまいます。反対に相手がミスをした場合にも問題点ははっきり指摘し、そして相手を見下すのではなくあくまで相手を尊重する態度で接すればきっと次からは対応はもっと良くなるでしょう。

先日、私が中国のホテルに宿泊したときに部屋の鍵が壊れていたので、部屋を交換してほしいとホテルスタッフに伝えたところ、「没事、没事(問題ない)」と言われて、「何が没事なんだ」とホテルスタッフに強めに怒ってしまいました。

確かに相手の態度もひどいですがどんな場合も冷静にそして相手を見下す様な態度を取ってはいけないのに、とひどく自己嫌悪に陥りました。ホテルスタッフもずっとムスッとしていてバスタオルを持ってきて欲しかったのですが頼みづらく、ホテルを出たあともしばらく気分が悪く、結局損をしたのは自分だったのです。

怒りをコントロールするのは人生においてとても重要です。怒りは智慧を低下させてしまいます。感情的になってしまったら必ず負けます。冷静な相手には絶対に勝てません。怒りをコントロールできないと自分の周囲から人はどんどん離れていきます。そしてストレスから発作を起こし最後は数か月も誰にも発見されず孤独○などということにもなりかねません。アンガーマネジメントという怒りをコントロールする方法によると6秒で怒りの頂点は終わるそうです。なので最近は何か怒りそうなことが発生したときは「これも修行、これも修行」とまず6回呪文のように唱えるようにしています。結構効果があるような気がしています。怒っても得することは一つもないのです。損するだけです。

降りかかる災難は選べないが、反応は選べる

「接する全ての人を大切にしなければならない」、「人との繋がりを大切にしなければならない」という事が頭ではわかっているつもりでも潜在意識レベルまで行き渡っていないので行動が変わらないのだと思います。潜在意識が変わってくれば行動も自然に変わってきます。

心が変わると人生が変わる

潜在意識レベルまで行き渡らせ、行動を変えていくには根気良く何度も潜在意識を説得し続けるしかありません。

 

まず身近な1人を大切にする

仕事をうまくすすめるためには家庭環境もとても重要です。最も身近な1人の人も大事にできない人は他の全ての人を大事にすることなど到底できません。反対に身近な1人を大事にできる人は他の人も大事にできるはずです。

したくないのにどうしても夫婦喧嘩をしてしまうという人も多いかもしれません。例えば自分が仕事でとても疲れていたり、何かトラブル(妻とはまったく関係がない)がありストレスのあまり相手に八つ当たりし相手は全く何も悪くないのに冷たい口調であしらったり、相手をけなしてしまう、たまたは外の原因で自分の機嫌が悪いので、普段は気にならないような相手のちょっとしたことが気になり文句を言ってしまう、そうしてそうして喧嘩に発展するというのがほとんどの場合だと思います。ようするに相手は全く(または普段は気にならないレベル)悪くないのに、自己都合により相手を不快にさせることにより喧嘩になるのです。

降りかかってくる災難はどうしても避けることはできません。でもそれによりどのような反応をするかは自分で選べます。何か事があったときにぐっとこらえるということができると自分にも良いはずです。

 

人と喧嘩をしないコツ

例えば結婚している人であれば妻、仕事であれば同僚や上司が相手ですが、相手と喧嘩をしないためのコツがあります。それはそもそも相手というのは自分にとってどういう存在なのかを潜在意識レベルで正しく認識することです。これは夫婦関係に限らず友人、仕事仲間など全ての人間関係に共通のことだと思います。

相手というのは「自分を幸せにしてくれるため」の存在なのでしょうか。それとも「相手は幸せになって頂くため」の存在なのでしょうか。

これはどちらが論理的に正しいのかということよりもどちらの方が幸せな人生を送れるのかということです。

もし相手は「自分を幸せにしてくれるため」に存在していると考えているとどうなるでしょうか。この場合、例えば自分が疲れて帰って来たとき、相手は自分を幸せにしてくれるために存在しているのだから当然笑顔で「お疲れ様でした。今日も大変でしたね」と出迎え美味しい手料理をだしシャワーの用意をして、といろいろしてほしいと考えるはずです。でも現実は理想通りにはいかないことがほとんどです。相手はソファーに横になってお菓子を食べながらテレビを見ていてお疲れ様の一言もないかもしれません。そして自分は疲れているのにお前は寝てばかりなどと言わなくてもいいことを言ってしまって喧嘩になるのです。そんなことを繰り返しているうちに離婚、そしてその先は孤独に。。。

一方、もし「相手は幸せになって頂くため」の存在であると考えているとどうなるでしょうか。自分が疲れてはてて帰ってきたときに嫁がソファーに横になっていても、自分が一生懸命お金を稼ぐことにより一日中嫁がソファーに横になって相手は幸せになってくれている、と反対にうれしくなるはずです。そして「どうしたの体調でも悪いの?」など優しい口調で言えるはずです。そうすれば疲れているにもかかわらず自分を気遣ってくれる相手にたいして申し訳なくなって、次からは食事を用意してくれるかもしれません。少なくとも喧嘩して離婚して最後は孤独。。。などということはおこりません。

果たしてどちらが幸せでしょうか。普通の認識能力のある人ならば後者の方が幸せな人生を送れることはわかるはずです。でも実際にはできていないのです

 

「自分」、「他人」は物質の原子レベルでは存在しない

科学的になぜ「接する全ての人を大切にしなければならない」、「人との繋がりを大切にしなければならない」のかを考えてみます。

一般的に人との繋がりというと自分と他人が別々に存在しそれが繋がるということを意味するのですが、それ以前に実はそもそも仏教や禅では自分も他人も別々に存在するのではなく、コインの表裏のように実は表裏一体、同じものです。他人というのは自分の脳内に映し出された自分の鏡です。これは水が高い所から低い所へ流れるというのと同じレベルの自然法則です。

自分も他人も同じ一つのものであるのだから自分が豊かになりたければ人を大事にするのは当たり前のことで、ましてや他人を犠牲にして自分が幸せになるという事は、水が低い所から高い所へ逆流するというのと同じくらい自然の原則に反する不自然なことなのです。

この世界はビッグバンから始まりました。光エネルギーの凝縮から世界は生まれたのです。
私達1人1人全て人は元々は全て1つの光エネルギーの凝縮から生まれた全く同じものです。自分も他人も同じ1つのものです。

自分とは大きな海からくみ出されたコップ一杯の水のようなものです。もともとは皆同じ一つの海水なのです。自分が最後の時を迎えるとコップ一杯の水はまたもとの海に戻され海水全体と溶け合ってしまいます。

理系の研究者が晩年には精神世界に傾倒していくようになるのも理にかなっています。物質の原子やもっと細かい光エネルギーレベルで見ればどこにも「自分」、「他人」は存在しない、真の世界の姿を感じるようになり行動も自然に利他的になっていくのでしょう。
私がいる、他人がいるという自意識は脳が顕在意識レベルで生み出している妄想にすぎないということです。本来この世界には自分、他人という区別は存在しないのです。実際に世界をより正確に認識できる潜在意識レベルでは自分、他人も区別はありません。

この世界はVR(仮想現実)である

 

よく潜在意識は自分と他人を識別できないと言われていますが認識できないのではなく、潜在意識は顕在意識よりも世界を正しく認識していて、顕在意識のように愚かな妄想をしていないということなのです。

「自分」という思い込み

 

実は自分も他人も同じ一つの物であるということは潜在意識レベルでは皆感じて知っている事なのです。その証拠に自分も他人同じという自然原則に沿っていることは素晴らしいと直感で感じます。
例えば困っている人を助けると自分も気持ちが良くなります。逆に他人を犠牲にして自分だけというような事をすると自分の心の中に嫌悪感が生まれます。他人を犠牲にする方が気持ち良いという人もまれにいますが、そういう人は人間の不良品です。不良品はどうしても数%は発生してしまうのです。もしそういう人に遭遇してしまったら、すぐ逃げてください、関わらないことです。

人は皆潜在意識レベルでは自分も他人も同じものであるという事をすでに知っている、そしてこれは自然の原則である証拠に他ならないのです。
他人を犠牲にして不幸にすれば自分も必ず不幸になるのです。なぜなら他人も自分も実は同じ一つのものでありこれは自然の原理だからです。

潜在意識レベルでは皆わかっているはずなのに、私達の愚かな顕在意識はこの自然原則に反する事をしてしまいます。
この世界に生まれてから、メディアや広告などいろいろな情報に触れ、私達の顕在意識には汚れがびっしりついてしまっています。何十年もシャワーをしていなくて異臭を放ち、前もまともに見えなくなってまっすぐ進む事もできなくなっているのにそれすら自分では全く気がついていない、そんな感じです。

確かにまずは自分が自立し豊かでなければ他人を幸せにすることはできません。ですがこれは他人を犠牲にして自分が幸せになるということとは全く異なります。電車で我先にと座席に座って老人が苦しそうにしていても自分が楽ならいいということとは全然違うことのはずです。

 

自分が豊かになりたいなら、他人を豊かにする

自分も他人も同じ一つの物である、という事が本当に潜在意識レベルまで行き渡れば行動がかわってくるはずです。私がこのような文章を書いているのも、文章を書くことによって自分自身の潜在意識に染み込ませたいからでもあります。

・自分が豊かになりたいなら、いかに相手に価値を提供できるか考える。どうやって相手からお金を取るかを考えるのではない

ただ「卸から仕入れて売る」時代は終わり

・他人を見下して冷たくすることは、自分を見下すことと同じになってしまうのでしない

・接する全ての人を大事にする、自分の物差しで勝手に相手を判断しない

よく読書をする方ならご存知と思いますがこれらは多くの書籍などでも言われていることです。すなわち自然原理に則った成功法則なのです。

私達の顕在意識は脳が生み出す自分、他人、という妄想にとらわれ、自分の利益第一主義、すなわち自然の原則に反する行動をしてしまいます。
自然の原則に反するということはすなわち破滅の道を進むということです。
坐禅などをすることによってこの愚かな顕在意識の汚れや妄想を洗い落として、魂を磨いて潜在意識レベルの直感を邪魔しないようにする、愚かな妄想をしないようにするというのが禅です。

今世界中の人が不安になっているようです。果たして自分が明日も生きていけるのかとても心配しています。不安のあまり自分を守るのが精一杯で内向きになり、自分の事しか見えなくなる、自分が座席に座れれば近くで他人が苦しそうにしていても関係ない、そんな雰囲気が世界中に広がっています。

天国の箸、地獄の箸

 

もし世界中の人々の潜在意識に「接する全ての人を大切にしなければならない」、「人との繋がりを大切にしなければならない」ということが行き渡れば素晴らしい世界になると思います。時間はかかりますが世界はそういう方向へ向かっていきます。自然法則だからです。

他人を犠牲にしても自分さえ良ければいいという、自然法則に反することをする人は自然消滅していく、「接する全ての人を大切にしなければならない」、「人との繋がりを大切にしなければならない」という自然原則に則った事をする人は生き残り豊かになっていく、どちらを選ぶかは自分次第なのです。  

傳田塾

 

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人は思い通りにならない

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これは元連合艦隊司令官山本五十六の言葉です。これは戦場に限らず私達の生活や仕事にもよく当てはまります。もちろん中国輸入にもです。

中国の工場がありえないような言い訳で納期遅れをしても、業者がひどい品質で商品を送ってきても感情にまかせて怒りを爆発させるというのはだめだよ、と山本さんは言っているのです。私も全くその通りだと思います。自分の感情を制御できないといつか致命的な事が起こります。

中国の店や工場と取引するときの大事なコツがあります。それは、

「中国では計画通りに事が進まないのが当たり前。計画通りにいったらラッキー。」

そもそもこういう心構えでいれば怒りも少なくなり抑えることができるはずです。

日本では何かするときに最初にちゃんと計画します。そしてだいたいは計画通りに事が進みます。

でも中国ではそうは行きません。思いもしなかったトラブルが発生して当初の計画通りに事が進むということはまずありません。

1週間でできると言っていたのに、やっぱり2週間かかると急に工場が言い出す、運送中のトラックが交通事故で発注していた商品の納期が遅れる、商品代金を払ったのにお店が消える、社員がお金をピンハネする、などなど中国でのトラブルはきりがありません。

私の知り合いの中国貿易経験が長い台湾人はいつも中国の不平不満や悪口を言っていました。きっと中国でいろいろなトラブルにあったのでしょう。

でもだからと言って相手を口悪く罵ったり、外部環境のせいにしたところで、何も問題は解決しないのです。問題が解決しないどころか逆恨みされてもっと悪化する可能性もあります。

 

自分の責任と考える=主導権を握る

外部環境のせいにする=主導権を手放す、

ことになります。

反対に

内部環境のせい(自分の責任と考える)=主導権を握る、

ことになります。

発注した商品が間違いだらけ、それはしっかり作業指示やフォローしていなかった自分の責任なのです。

商品の納期が遅れてエンドユーザーに迷惑をかけた、それはあらかじめ納期遅れを想定してバッファーをとっていない自分の責任なのです。

社員がお金をちょろまかした、それはちょろまかせるような経理の仕組みにしていた自分の責任なのです。

常にこう考えることで次回からは改良が可能になります。もしコントロールを手放してしまったら、なすすべがありません。

最初、中国へ来たばかりの頃私はいつもイライラしていました。ピーク時は中国人スタッフが20人くらいいましたが全員と喧嘩し、結局全員が離れてしまいました。今思えば私の至らなさ、申し訳ないことをしたと思っています。

その後、いろいろなトラブルを経験し、たどり着いた境地があります。それは

「中国では計画通りに事が進まないのが当たり前。計画通りにいったらラッキー。」です。

このように考えるようになってからは何より自分の心が楽になりました。そして自然と周囲との人間関係も良くなってきました。

これは実は中国ビジネスについてだけではありません。

日本での人間関係、旦那や妻、子供、上司、部下、友達にも応用できます。

「人は思い通りにならなくて当たり前。もしできたらラッキー。」

「他人は思い通りに動かなくて通常設定。やってくれたらラッキー。」

常にこう考えるように習慣化すると、いろいろ劇的な効果があります。ぜひおすすめします。

自分のせいなんだから、相手に怒りをぶつけるのは違うと思えるはずです。

 

 

何があっても人に怒りやイライラを出さない

とにかく感情にまかせて怒りをぶつけると必ず損するだけです。得は一つもありません。

怒りを相手にぶつければすっぎりするかもしれません、次はその100倍の災いが返ってきます。結局大損なのです。

仕事でくたくたに疲れて家に帰ったのに、嫁(または旦那)が夕食の用意すらしてくれていない、という場合でももし「なんで用意してないんだ」と怒りを相手にぶつければ喧嘩になってもっと疲れるだけです。最悪はそのうち離別ということにもなりかねません。

社員や業者が言ったとおりに作業をしなかった、このときも「バカやロー」と怒りをぶつけたい気持ちはわかります。でもトラブルになって疲れるだけです。最悪は逆恨みされてひどい目にあうかもしれません。

大昔にブッダは死ぬほどの苦行をしました。そして最後に「むだである」と言って苦行をやめました。どういうことかというとブッダは怒りや煩悩などを無くそうと苦行をしましたが、どんなに死にそうな苦行をしても人間は怒りや煩悩がなくならないということを証明してくれたのです。

そうです。怒りや煩悩は無くならなくていいのです。怒りが心にわいてくるのは仕方がないことなのです。しかしその怒りを何もないかのように仏の顔で絶対に人に出さない、ということがとても大事なのです。

何があっても絶対に人にイライラやネガティブな言葉を出さない、という覚悟をしてから夫婦喧嘩もほとんどなくなりました。怒りは防衛本能なので湧いてくるのは仕方ないのです。でもその怒りを顔や態度や言葉に絶対に出さないと決めた時周りの人間関係はとても良くなります。

 

嫌なことがあっても絶対人に出さない

 

傳田塾

 

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この世界はVR(仮想現実)である

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私たちが現実だと思っているこの世界は、実は洞窟の中で炎に照らし出された影絵のようなものです。脳コンピューターによって映し出された超高精度なVRゲームです。VRゲームにほぼ強制的に参加させられて閉じ込められている状態とも言えます。

上の図はプラトンの「洞窟の比喩」です。

手足や首を拘束されて身動きできず、ただ洞窟の壁に映し出された影絵を現実だと思って見ている囚人、これが私たちです。

洞窟の外には本当の世界があるのですが、その事には気が付きません。目の前の影絵が本当の世界だと信じているからです。

光が眼球から入り網膜細胞が刺激されて電気信号が発生しそれが脳に伝わり、脳の中で映像として映し出される、この構造はまさに洞窟の影絵そのものです。

たっだこれだけの説明で十分です。私たちが現実だと思っているこの3次元世界はただの影絵で仮想現実なのです。

財産、地位、名誉、仕事、生きがい、他人、自我、時間、空間、これら全部影絵です。私たちは本当の世界を全然見ていません。洞窟の中で影絵を見て悩み競争し争い苦しみもがいています。

洞窟から抜け出して本当の世界を見る方法は、脳で映像を映し出すのをやめること、すなわち思考するのを止めることです。だから座禅や瞑想をするときには心を無にするように言われるのです。それが唯一、洞窟から抜け出す方法だからです。

影絵なんだからこの世界なんてどうでもいい、ということではありません。VRゲームだからこそ大事にプレーしなくてはいけません。自分は洞窟の中に閉じ込められているということを自覚してもっと高次元の視点からこの世界を観察します。

自分という自我も本当は存在しない影絵です。自我に執着して自分さえよければいいと他人を苦しめたり争ったり妄想したり悩んだりするのをやめることです。他人はあなたの仮想現実に映し出されたあなた自身です。

脳で思考する限りは洞窟から出られないからあれこれ理屈で考えてもそれは影絵にすぎないということです。優秀な研究者がいくら頑張っても本当の世界を全て記述できる数式は脳では解けません。数式はただ仮想現実をシミュレーションしているだけです。洞窟から出ることなく外の世界を見ることはできないのです。多くの理系研究者が晩年、精神世界に傾倒していくのはこの限界を感じるようになるからなのでしょう。

山の樹木のように今一瞬をただ生きて時が来ればただ黙って去っていく、それが私達があるべき姿です。

2021年新しい時代の価値観

なぜこんなVRゲームが何のためにいつ作られたんだろうとか人間の人生の意味ってなんだろうとか思ってしまったあなた、すぐに何でも脳で理屈を考える癖をやめましょう。それは無駄です。洞窟から出るのです。

傳田塾

 

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